カートをみる マイページへログイン ご利用案内 お問い合せ お客様の声 サイトマップ
注目キーワード
RSS
あなたの探しているワインが見つかります!

銀座1丁目店閉店のお知らせ 4月1日

4月27日(金)最終営業日。



<ワイン屋銀座1丁目店>を閉店する事となりました。6年間、約6万人のお客様にご来店を戴きました。皆さまのご愛顧に心から感謝を申し上げます。本当に有難うございました。


同じ場所に新しいコンセプトの飲食店が誕生します。経営は銀座4丁目で老舗洋食店を60年以上営む頼もしい法人様。きっと、永年に渡って地域に愛される素晴らしいお店を創っていかれると思います。

ワイン屋銀座1丁目店でお楽しみ戴いオーストラリアビールやオセアニアワインの一部も新しい店舗様で引き継いで戴ける予定です。きっと素晴らしいお店が出来上がると楽しみにしています。今後とも、変わらぬご贔屓を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。



今から6年前、西新宿で大流行となったワイン屋バールスタイルをそっくりそのまま銀座1丁目に持ち込み大失敗のスタートをしました。最初の6カ月、一晩のお客様が1ケタ台なんて日もあり、本当に辛く暗い時期もありました。


西新宿7丁目と銀座1丁目ではお客様の年齢層や嗜好が大きく異なる事の認識不足、マーケティング力の欠如が原因でした。


西新宿の30代に大好評だったバールスタイルは、銀座1丁目の40〜50代には少し五月蠅過ぎたのかと思います。


西新宿バール店を大成功に導いてくれたのは初代・浅井店長でした。その浅井君が初代銀座1丁目店長を2年勤めてくれました。その後、めだたく独立退職。

青野店長が銀座1丁目を引き継ぎ新店長に就任、その頃から約1年間の大改革を敢行! 大改革の後、玉置店長に引き継ぎ、三上アシマネが入社し現在の人気店へと成長させて戴く事が出来ました。 


6年間で最も思い出深いのは大改革時代。ハイスツールをゆっくり座れるテーブルスタイルに換え、イングリッシュジョークのデコレーション達をワイナリー風景写真に変更し、プロジェクターを導入して法人利用や結婚式2次会需要を狙い、バール式ツマミメニューをコース主体の構成に変更。グラスは全て高級品のリーデル社製、カトラリーもラギオール社製を導入。サービスも大皿&取り分け式ではなく、一人一人が自分のお皿で食べられるリストランテスタイルに変革! 1年を掛け、目に見える全てのアイテムを40〜50代の大人嗜好に変更。その甲斐あって、3年目以降は毎晩の満席を戴けるまで成長させて戴く事が出来ました。



OPEN以来、歴代店長達と二人三脚で少しずつ&素早く&大胆にトライ&エラーを繰り返し繰り返し。 苦節の赤字3年間を経て、やっとの思いで黒字化出来たとても愛着深いお店です。


新たな飲食店を生み出し、育て、成長途中のお店を手放すのは本当に残念で心惜しいです。しかし、人手不足という現実問題があり、飲食部門を新宿地域に集中展開していく選択をさせて戴きました。



これからも西新宿の2店舗は変わらず営業を継続して参ります。また、新たな店舗も新宿エリアに絞って店舗開発展開をしていく事となります。引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます。



ご来店戴きましたお客様、本当に有難うございました。銀座1丁目の店舗経営を通し、お客様に教えて戴いた事は本当に貴重な財産となりました。この貴重な財産を糧に、我々は新宿エリアで更に大きく努力を重ね精進して参ります。新宿にお越しの機会がございましたらば、是非新宿店舗にもお気軽にお立寄り下さい。


お取り引き様にも多大なご尽力を賜り、この場を借り御礼申し上げます。魚やカキや肉や野菜、お酒や米やパン、漆器類、内装や工事関係などなど。メニュー開発時や店舗開発から運営時にご教授戴いた貴重なノウハウは、新宿で更にパワーアップさせていく事で恩返しをお約束させて戴きます。引き続きよろしくお願いいたします。



そして、銀座1丁目店で働いて戴いたスタッフの皆さま。本当に本当にお世話になり有難うございました。皆さんのひとつひとつの努力とアイディア、行動力のお蔭で沢山のお客様の笑顔と出会う事が出来ました。皆さんの努力の結晶は新宿でしっかりと引き継ぎ、現役スタッフにて更に発展させていく事を約束致します。ぜひ、新宿に来る機会があれば懐かしい顔を見せに気軽に立ち寄ってください。


思い出深い大好きなお店とお別れするのは本当に寂しいものです。4月27日(金)の最終営業日まで、現場の玉置店長と三上アシマネと現役銀座スタッフ達が変わらぬ笑顔で頑張っています。どうぞ、お時間のある方は銀座店にお立寄り戴き、スタッフ達の最後の雄姿をご覧戴ければ幸甚です。


本来であれば、皆様お一人お一人にお目に掛かってご挨拶させて戴きたいところです。取り急ぎSNSの力を借りてお知らせさせて戴くご無礼をどうぞご容赦下さい。


6年間、お世話になり本当に有難うございました。


片桐達也

謹賀新年 <スタッフの皆さまへ> 1月1日元旦

スタッフの皆さま

新年明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になり本当に有難うございました。2018年度もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

流行語大賞が象徴するかのように<色々あった>1年だったと振り返っています。

年末に嫁さんが体調を崩してしまい、富山帰郷を取りやめました。新宿にて親子3人のんびり正月を過ごしています。

悠太が産まれてから7回目の正月にて初めての<のんびり家族正月>となっています。神様が<ゆっくり休め>という指示をくれたのかと理解し、それに従って正月特番テレビ漬けの時間を楽しんでいます。お蔭様で嫁の体調は戻りました。


日本に住んでいる私達にとって、大国アメリカの舵取りに不安が見え隠れし、ロシアや中国の覇権争いも激しさを増し、宗教間対立を抱える国々の問題も深刻化を増し、北朝鮮問題も最終局面へと近づく不安があり、貧困から抜け出せない途上国の叫びが聞こえて来ない程に混沌とした世界情勢の中にあるような1年でした。

2017年は世界情勢が益々不安定になった1年だったと思います。そんな中、日本経済&治安は、比較的に良い1年だったように感じています。輸入業界や飲食業界も取り巻く環境内で些細な問題はありました。しかし、世界中の諸問題と比較すれば、大波ではなく小波以下の影響であったと思います。

ワイン屋3店舗にとっても新たなチャレンジが多々あり、とても充実した2017年だったと感じます。皆さんにとってはどんな2017年だったでしょうか。


我々の生きている現代社会は、一人一人の人間の命や価値は同じ筈なのに、産まれた運命によって、生きる宿命が大きく異なる時代だと思います。日本や日本人が抱えている問題と、世界の様々な問題に大きな差があり、今後、その差は更に大きくなる懸念を感じ始めた1年でもありました。

紛争の火種はいつも<差>であり、その意味でも先行き不安が増しているように感じている人が多いと思っています。



そんな中、2017年に貴重な1冊の本と出会う機会がありました。http://nvc.halsnet.com/jhattori/Spirits/FreddyTheLeaf.htm <葉っぱのフレディ>という絵本です。小生49歳になりますが、子供が幼く、週に1~2度は絵本の読み聞かせをしています(笑)。

1枚の葉っぱが主人公。大きな木に抱かれ、産まれ、元気に育ち、個々に輝き、個々に老い、順番に散り、皆が土に帰り、再び木に抱かれていく1枚の葉っぱの輪廻転生のお話しです。


人は何のために産まれ、死んでいくのか。


死ぬために産まれたのではなく、生きて誰かの役に立つ為に産まれた。その役立ち方は人それぞれであり、その大きさや尊さを比較しても無意味である。そんな普遍的な価値を改めて教えてくれた本との素晴らしい出会いでした。


もうひとつ。

素晴らしい歌との出会いもあった1年でした。http://yokohama-now.jp/home/?p=11309
 
瀬を早(はや)み、岩にせかるる滝川(たきがは)の、分れても末に逢はむとぞ思ふ。
 
直訳としては、男女の愛を唄った内容だそうです。2つに流れが分れても、いづれはひとつになり結ばれる。という意味が正解です。
 
私は直感的に私なりの過大解釈をしました。
 
産まれてくる運命は換えられずとも、宿命というものは、日々の使命を果たせば流れるべきところに辿り着く。そんな風に理解しました。私の中ではこちらが正解です(笑)。
 

ゴルフをしていて、1番ホールでOBを叩きダブルボギーでのスタートは誰でも嫌なものです。あれさえ無ければ、あれがOBでなかったら、いわゆる<タラ&レバ>です(笑)。はたまた、現在49歳の私は、ワインの輸入業と飲食業を営んでいます。もし、18歳の時に旅行専門学校を選んでいなかったら、あの時の転勤異動を断っていたら、今の自分はあるのだろうか。この手の<タラ&レバ>を思う時に、思い出すのが上記の歌です。


結論から言えば、道が2つに分れていても、人生は1度きりなので、2つを選択する事は出来ない。もうひとつの道を考えても無駄な事であり、大きな流れの中においては、結局同じところに流れ着く。これが私の理解です。


どんな急流に飲まれようとも、大きな岐路に立たされても、人はひとつの道しか選択出来ません。人は自分の選択した道において、日々の使命をしっかりと果たしていれば、流れつくべく宿命に流れ着くという考え方です。


私の場合で言えば、どんな高校に進学しても、どんな転勤先を経たとしても、今の自分に辿り着くべく日々の選択をした結果が今の自分である。


そんな事を理解する為の指針として、心の支えとなる歌と出会う事が出来た2017年でした。これからも同じように考え、迷わず判断し、行動していく為の大事な歌との出会いでした。


2018年はどんな<流行語>が飛び出してくるのでしょう。

その多くは予想出来ない驚きの事象を評する言葉なのかと思います。紛争、テロ、天災、事故などは逃げられない脅威です。脅威に怯えて何もしなかったり、現実の使命を投げ出しても、全く意味のある事だとは思えません。

どの葉っぱも必ず散る訳であり、少しでも未来へよき糧となるべく現世の宿命を果たすのだと思います。


皆さんにとってはどんなチャレンジになる2018年でしょうか。

人生は1度きりです。決して産まれた<運命>や<タラ&レバ>を考えるのも時間の無駄だと思います。

まず、今までの自分を褒めて上げて下さい。そして明日からの自分を鼓舞し、自分の宿命を全うすべく、それぞれに前進される事と信じています。

2018年も健康第一で楽しくお仕事を一緒に頑張っていきましょう。


本年も昨年同様、一生懸命全力で、考え・工夫し、行動する事を通し、美味しいワインをお客様に楽しんで戴くべく、個々の宿命を果たしていきたいと願っています。皆さまには今年度も多々お世話になる事と存じます。どうぞ本年も倍旧のご愛顧ご助力を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

では、どうぞ楽しいお正月を過ごして下さい。

片桐達也

12月31日を無事に迎えました。本年も有難うございました。

今年も年末を迎え、一人事務所で仕事納めをしています。多くの素晴らしい出会いと別れのあった1年でした。1年を振り返り、一番心に残った本をご紹介させて戴きます。






  1. 春はとっくに すぎました。 
     
  1. 夏もとうとう すぎました。
     
  1. 葉っぱのフレディは、 もうすっかり 大きくなっていました。

    からだはつよくて たくましく、 五つにわかれた葉っぱのさきは、

    ぴんととがって しゃんとしていました。

     
  1. フレディが生まれたのは 春でした。 背高のっぽの大木の 

    てっぺん近くの大ぶりの枝に かわいい新芽を のぞかせました。
     

  1. フレディのまわりには、 数えきれないほど たくさんの葉っぱが 

    しげっていました。

    「みんな ぼくとそっくりだね」

    そう思っていたフレディは、 まもなく 気づきました。

    おなじ木から 生まれてきたのに、

    みんなそれぞれ どこかが ちがっているのです。 

    となりにいるのは アルフレッド。 右にいるのは ベン。 そして 上にいるのは 

    かわいい葉っぱの クレアです。 

    みんないっしょに 大きくなりました。 

    春は そよ風にさそわれて みんなでダンスをおどり、

    夏は おそろいで のんびり ひなたぼっこにふけり、 

    夕立がくると、 みんなでいっせいに からだを洗って、

    すっきり しゃっきり さわやか気分で 涼みました。

     

  1. けれども フレディのいちばんの仲よしは、

    なんといっても ダニエルでした。 

    みんながいる大枝の中で いちばん大柄
    (おおがら)なダニエルは、

    どうやら 生まれたのも いちばん早くて、 

    おまけに みんなの中では いちばんかしこそうでした。 

    「みんなは 一本の木の 一部分なんだよ」

    こう 教えてくれたのは ダニエルでした。

    「みんなは 公園で大きくなっているんだよ」

    そう教えてくれたのも ダニエルでした。

    「みんながいる木には じょうぶな根っこが いっぱいはえていて

    地面のおくふかくに しっかりとのばしているんだよ」

    これもやはり ダニエルが 教えてくれたことでした。

    朝になると みんなのいる枝にやってきて、 

    せっせと歌をきかせてくれる 小鳥たちのことや、 

    お日さまや お月さまや お星さまや 

    うつりかわる季節のことについても、 

    ダニエルは いろいろと 教えてくれました。

     
  1. フレディは、 自分が葉っぱであることが だいすきでした。 

    自分がいる枝も だいすきだったし、 

    身がるな葉っぱの仲間たちも だいすきでした。

    自分が空高くにいることも だいすきだったし、 

    さわさわと からだをゆすってくれる風も だいすきでした。 

    ぽかぽかと からだを温めてくれるお日さまの光も 

    だいすきだったし、 ほんわかほの白い光で やさしくそっと

    つつんでくれるお月さまも だいすきでした。

     
  1. とりわけ すてきだったのは 夏でした。 

    昼間
    (ひるま)の長い暑さも 心地よかったし、 

    ほとぼりの残る夜の暑さも やすらかな 夢路
    (ゆめじ)へと 

    いざなってくれました。

     
  1. その夏には、 たくさんの人が 公園へやってきて、 

    フレディのいる木の下に よくすわりました。 

    ダニエルは フレディにいいました。

    「この人たちの 日かげになってあげることも、 

    いつかきみがたずねていた 生きる目標の一つになるんだよ」、と。

     
  1. それはね、 いつだったかフレディが ダニエルに 

    こうたずねたことが あったからなんだ。

    「ぼくたちは いったいなにを目標にして 生きていったら 

    いいんだろうね?」、って。 
     

  1. そのときダニエルは、 こう教えてくれたんだ。

    「生きたあかしを しめすことだよ。 

    自分がこの世に生まれて 今ここにいることには 

    ちゃんとした意味があるんだなって、 

    そう思えるような 生きたあかしをね」、と。

    そしてダニエルは さらにつづけて こういったんだ。

    「なにか ほかの人のやくに立つようなことをして 

    よろこんでもらえるのは、 生きたあかしになるんだよ。 

    じぶんの家が あつくるしいからって この公園へのがれてきている

    お年よりの人たちに 木かげをつくってあげることも、 

    生きたあかしに なるんだよ。 この公園へきてあそべるようにと 

    子供たちに 涼しい場所をつくってあげたり、 

    この公園に チェック模様のテーブルかけをしいて 

    その上で お弁当をたべようかなとやってきた ピクニックの人たちを 

    ぼくらの葉っぱで あおいであげるのも、 

    ぜんぶ 生きたあかしになるんだよ」、と。

     
  1. フレディがとりわけすきなのは お年よりの人たちでした。 

    みんなは、 ひんやりした草むらへ そっとすわると、 

    もう ほとんど動こうともせずに、 昔の思い出話を

    ささめき合っていました。
     

  1. フレディは 子供たちも だいすきでした。

    もっとも彼らはときどき、 フレディのいる木に穴をあけたり、 

    自分の名前をほりこんだりする いたずらもしたけれど、 

    それでもフレディは、 子供たちのすばしっこく走りまわる姿や 

    大声で笑いころげる 元気なようすをながめていると、

    とても楽しかったのでした。
     

  1. けれども、 フレディのだいすきな夏は 見る間にすぎてゆきました。
     
  1. そして 夏のなごりが すっかり消えたのは、 

    十月の ある夜のことでした。 

    いままでに出あったことのないような寒さが 

    おそってきたのです。 

    葉っぱはみんな 寒さにふるえました。 

    白いものが うっすらと みんなのからだ一面を 

    おおいました。 それは 朝日にあたると 

    たちまちとけて しずくになって 葉っぱをぬらし、

    きらきらと 輝きました。

     
  1. こんどもまた、 あれこれと教えてくれたのは、

    やはり ダニエルでした。 

    みんなのからだにくっついたのは 初霜
    (はつしも)で、 

    これは 秋になったしるしで、 やがて冬がくるよという 

    しらせなのだ、 と。
     

  1. ほとんど一瞬のうちに フレディのいる木は まるごと・・・・

    おやおや、 よく見ると なんと公園ぜんたいが まるごと 

    あざやかに 色づいているではありませんか。 もう、 緑色をした葉っぱなんて、

    ほとんどどこにも 見当たりません。 

    アルフレッドは こい黄色に、 ベンは 明るいオレンジ色に、 

    クレアは もえ立つような赤色に、 そしてダニエルは こい紫色にと 

    それぞれ すっかり衣がえをしていました。 

    そして フレディったら、 なんと  赤・青・金の三つの色で 

    すっかり めかしこんでいるではありませんか。 

    みんなは、 それはそれはほんとうに みごとなものでした。

    なにしろ フレディとそのともだちは、 自分たちのいる木を 

    まるで虹のように 染めかえてしまったほどですからね。

     
  1. 「ぼくたちは みんな同じ木にいるのに、 どうして 

    ちがった色に なるのかな?」  

    フレディには どうもふしぎでした。

     
  1. 「ぼくらはみんな、 それぞれ どこかがちがっているからだよ。

    体験したことも 一人ひとりちがっているし、 

    お日さまへの向き方も みんなまちまちだった。

    ぼくらのつくる影だって 同じものは ひとつとしてなかっただろう。

    だから、みんなそれぞれ 別々の色になったって、

    ちっとも 不思議じゃないんだよ」  

    ダニエルは 淡々と答えました。 そして、 

    「このすばらしい季節は、 秋というんだよ」、と 

    フレディに教えました。

     

  1. ある日、 とてもおかしなことが おこりました。

    いままで ダンスにさそってくれていたそよ風が、 

    葉っぱのつけねを ぐさぐさと ゆさぶりはじめたのです。

    まるで 八つ当たりをするみたいにね。 

    そのために、 葉っぱのなかには 枝から引きちぎられて

    風に舞い、 あちらへ投げられ、 こちらへほうり出されては

    ふらふらと 地面に落ちていくものも でてきました。

     
  1. 葉っぱという葉っぱは みんな おびえだしました。
     
  1. 「いったい、 なにがおこっているんだろう?」

    おたがいに ひそひそとたずね合いました。
     
  1. 「これは、 秋になるとおきることなんだよ」

    みんなにこう教えたのは、 ダニエルでした。

    「葉っぱのぼくらが すみかを変えるときが きたんだよ。 

    なかにはこれを“葉っぱが
    死ぬときだ”なんていう人も

    いるけどね」

     
  1. 「ぼくたちは、みんな死ぬの?」

    フレディは もう びっくりぎょうてんです。

     
  1. 「そうだよ」、とダニエルが答えました。 「どんなものでも、

    かならず 死ぬんだ。 どんなに大きくても 小さくても、

    どんなに強くても 弱くてもね。 

    ぼくらはまず、 自分のつとめをはたす。

    お日さまの光をあびて、 お月さまの光につつまれる。 

    風にふかれて、 雨に洗われる。 みんなでダンスをおぼえて、 

    みんなで笑う。 そして 死んでいくんだよ」
     
  1. 「ぼくは 死なないぞ!」

    フレディは きっぱりと言いました。

    「きみは どうするの、 ダニエル?」
     
  1. 「ぼくは 死ぬよ。 そのときがきたらね」
     
  1. 「それは いつくるの?」

    フレディは 気が気ではないようです。

     
  1. 「はっきりしたことは、 だれにも わからないんだ」

    ダニエルは 答えました。

     
  1. フレディは、 ほかの葉っぱがつぎつぎと散っていくのに気がついて、 

    ふと思いました。 「きっとこれが 葉っぱの死ぬときなんだろうな」、と。

    フレディが見ていると、 なかには けんめいに風にさからってはみたものの 

    とうとうふき飛ばされてしまう葉っぱもあれば、

    はじめから あっさり手をはなして 

    だまって落ちていく葉っぱも ありました。 

     

  1. やがて フレディのいる木には 葉っぱはほとんどなくなりました。
     
  1. 「ぼくは 死ぬのがこわいよ」

    フレディは ダニエルに いいました。

    「死んだあと どうなるのか わからないんだもの」

     
  1. 「フレディ。 ぼくらはだれだって、 よくわからないことは 

    こわいと思うものなのさ。 あたりまえだよね」

    ダニエルは、 フレディの気持ちをやわらげるように いいました。

    「でもきみは、 春が夏になっても こわくはなかっただろう。

    夏が秋になったときも そうだったよね。 

    季節がかわるのは 自然のなりゆきなんだ。 

    だから、 いつの日か ぼくらが死ぬ季節というのが やってきたとしても 

    こわがることなんか ないんだよ」

     
  1. 「ぼくたちがいるこの木も 死ぬのかな?」

    フレディは たずねました。

     
  1. 「いつかはね。 でも、 この木より もっと強いものがあるよ。

    それは 
    いのちなんだ。 いのちは 永遠(とこしえ)につづくんだ。 

    そして ぼくらはみんな その いのち の一部分っていう わけなのさ」
     

  1. 「ぼくたちは、 死んだら どこへ行くのかな?」
     
  1. 「はっきりしたことは だれにも わからないんだよ。 

    なにしろこれは 昔から、 とっても大きな なぞなんだから」

     
  1. 「ぼくたちは、 春になったら またここへ 

    もどってこれるのかな?」

     
  1. 「ぼくらは だめかもしれないね。 でも、いのちはまた

    もどってくるだろう」

     
  1. 「じゃあ なんのために こんなことが おこっているの?」

    フレディは さらに たずねつづけました。

    「ぼくたちは けっきょく、 落ち葉になって死んでいくだけだけだとしたら、

    じゃあいったい なんのために この世に生まれてきたんだろう?」


     

  1. ダニエルは、 いつものように 淡々と答えました。

    「お日さまや お月さまだって、 生まれてきても いつかは 

    消えていかなくっちゃ ならないんだ。 みんなで いっしょにすごす 

    しあわせなひとときだって そうなんだ。 

    木かげや、 お年よりや、 子供たちだって、 そうなんだ。

    秋のあのあざやかな色どりだって そうなんだ。 

    春、夏、秋、冬の季節だって、 そうなんだ。 

    どれもこれも、 昔からぜんぶ、 ずっとそうだったんだ。  

    さあ、 これだけいうと もうわかっただろう」

     

  1. その日の夕方、 金色の夕日をあびながら、

    ダニエルは そっとしずかに 枝をはなれていきました。 

    そして 落ちる間じゅうもずっと、

    おだやかにほほ笑んでいるように 見えました。 

    「それじゃあ またね、フレディ」

    ダニエルは そう言いました。

     

  1. こうしてフレディは、 一人ぼっちになりました。

    あの枝にのこっている たった一枚の葉っぱでした。

     
  1. つぎの朝、 初雪がふりました。 やわらかで、おだやかで、

    まっ白な雪でした。 でも、 なんと冷たいのでしょう。 

    その日 お日さまはほとんど顔をださず、 早くから

    日が暮れました。 フレディは、 自分のからだが色あせて、

    もろくなっていることに 気づきました。 

    気温は まったくあがらず、 フレディは 雪の重みを

    ひしひしと感じました。

     
  1. 明け方に 風がふいて、 フレディはとうとう

    枝から引きはなされて しまいました。 でも、 フレディは

    ぜんぜん いたくはなかったのです。 

    フレディには、 自分のからだが すーっとういて、 

    それから ゆっくり ふわーっと 下に落ちていくのが 

    自分でもわかりました。

     

  1. 落ちるとちゅうで フレディははじめて見たのです。

    自分が生まれそだった木の、 そのまるごとの姿を。

    なんとつよくて 丈夫そうなのでしょう。

    「これならきっと、 うんと長生きしてくれるぞ」

    フレディは そう思いました。 そして、 

    「ぼくはやっぱり この木の一部分だったんだ」

    そうわかると、 誇らしく思えてきたのでした。
     

  1. フレディが舞い落ちた先は、 雪だまりの上でした。

    そこは なぜだかやわらかくて、ぬくもりすら 

    感じられました。 こんなに居ごこちのいいところは、

    はじめてでした。

    フレディは 目をとじると、

    永遠
    (とわ)の眠りにつきました。

     

    ところでフレディは、 冬のあとには春がきて、

    雪がとけると水になるなんて、 ちっとも知らなかったのでした。

    また、 まったくの役立たずのようにみえる 自分のひからびた

    からだでも、 やがては土にかえって 水にとけ、 

    自分が生まれそだったあの木を いっそうじょうぶにさせる 

    役目をはたすのに、 そんなことも フレディはまったく 

    知りませんでした。

    ましてや、 自分がいた木や 地面の中では、 

    春になったら 若葉をいっぱい芽ぶかせる準備が

    すっかりととのっていて、 冬の間じゅう 

    じっと静かに出番をまっていたなんて、 

    フレディには とてもわかりっこなかったのでした。



皆さんの来年はどんな年になるのでしょうか。どうか、皆さんの未来が素晴らしく輝かしいものになりますよう。どうぞ良い新年をお迎え下さい。

今年もお世話になり本当に有難うござました。片桐達也

独立バンザイ!10月24日

銀座1丁目店で2年間フリーターとして活躍した男が一国一城の主となる!おめでとう!


千葉県内で7.5坪の飲食店経営者になる。本当に嬉しく暖かく見守りたい。スケルトンにして自分の思い描く店舗をデザインするそうだ。

きっと内装屋との話し合いとか、水回りの事とか、厨房機器の購入とか、保健所の事とか、仕入先の選定とか、漆器類の購入とか、メニュー作りとか、価格設定とか、広告手法とか、何から何まで一人でやる事に奔走の日々かと想像しています。

今は未だスタートラインには立っていない。スタートラインから猛ダッシュすべく準備運動中的な段階。この段階までは<金>の問題であり、多くの人が辿りつけない事が多い。まず、商売を開始する前の段階で<金>をしっかりと準備した事は本当に素晴らしい。金が無ければ物件も借りれない、厨房機器も買えない、内装も作れない、仕入れも出来なければ広告も出せない。

さて、本当のスタートラインはいつなのか?それは営業開始日をさす。そこから先は<アイディア>が勝負となる。初めての飲食店舗であろうが10店舗目であろうが全国チェーンだろうが関係は無い。社長は一人親方でも1000人に社員がいても同じ社長。お客様にとっては飲食店のチョイスがひとつ増えた事となり、他店より美味しくて適正価格で何かが勝っていれば選んで貰える。単純な勝負であり戦いだ。

スタートラインから直ぐにお客様が来るのか?宣伝広告をしていれば直ぐに来る。口コミであれば時間が掛かる。その間の運転資金も必要になる。OPENして直ぐに繁盛店になる個人店なぞ聞いた事がない。商業施設に入るのであればあり得るが、路面の店であれば宣伝告知期間という苦しみの時間が必ずくる。100%とは言わないが、最初から黒字でずぅっと黒字という店は少ない。私の場合も同じ。1店舗目だけは初月から11年間黒字という珍しいパターンだが、2店舗目と3店舗目はかなり苦しい時期が長くなった経験がある。

この宣伝告知期間が半年なのか1年なのか2年なのか。多くの個人店は持ちこたえきれずに閉店を迎えてしまう現実がある。この苦しい期間を乗り越え、黒字化した場合に問われるのは<人>の部分である。店をOPENさせるまでは金、繁盛出来るかはアイディア、反映を継続出来るかは人の問題が大きいと思う。

社長になると自由だ。出勤時間も自分で決められる。広告を出す出さないも自分。どこと取引するかも自分で決められる。大海原の小舟をどこに向かわせるか、どんなスピードで漕ぐのか、全て社長の思い通りに出来る。しかし、その大海原は時にしける事もあれば無風の時もある。簡単に進む航海などあり得ない。

おめでとう!社長になった貴方は私と同じ飲食店経営者の仲間入りです。しっかりと準備をして良いスタートをして下さい。そして、地域に永年に渡って愛される店を育てていって下さい。いつの日か飲みに行ける事を楽しみにしています。がんばれ〜!



役所ってところは大変ですね。 10月18日

皆さんの御親戚お知り合いにも<役所勤め>の方がいらっしゃると思います。私は・・・いません。


前例踏襲主義とか融通が利かないとか、最近では<直ぐヤル課>のように民間では当たり前の事を<課>の冠にする部署まで登場して落語のネタになりそうな笑い話。

私は零細株式会社の代表者なので、役所とは真逆の浮き草稼業。好きでやってるので自分の立ち位置に何ら問題はないです。

役所の皆さんも公僕として社会を廻す大事な歯車であり、その点では私も同じ。

ここまではいつも通りの論調ですが、昨今見る光景に目に余るような民間人による公僕圧迫的な荒業が目立ってないですか?役所は役所で防御に廻るのも大変そうだけど・・・。ある意味、民間人の荒業に巧く対処するのも役所の範疇だろうから大変そう。

なんでこんな和題を選んだかった?0900にOPENすべき役所が0901になっても開かないと言って大暴れしている民間人サラリーマンを見たり、記入した文字がちょっと間違えているからという理由で訂正印を求めたという理由でブチ切れているおばさんを見たりとか・・・。

AIが進化していくと0900には自動にドアがOPENするのかな。記入漏れがあっても訂正印鑑とか押印しなくてもICチップかなんかをかざせば記入とかしなくてよい時代になるのかな。

AIが人の代わりに仕事をしてくれる時代が直ぐそこのようですね。車のあおり運転とかの愚行為も見る事もなくなっていけるのでしょうか。

人が人を助けあうという良い光景を目にしたいもんです。テレビの旅番組でそのような微笑ましい光景を見るのは発展途上国とか日本のド田舎くらい。世界のどこの大都会でも他人を助けるなぞという高貴な余裕がないらしい。

役所の皆さま、私は噛みつきませんので普通の世間話くらいしませんか。でも規則で出来ないんですよね。わかってますって。変なオシャベリで邪魔しません。

バイト娘の音楽ライブ見学!10月16日

西新宿バール店でフリーターとして活躍する若い女子の本業=芸能活動を見に行って来ました!


夢を諦めずにきらきらと輝く若者たちの熱唱を4組ほど拝見させて戴いたのですが、どの若者も個性的でエネルギッシュ!

私の同級生が参加している音楽ライブは<プロを目指す系>なのに対し、今回見たそれは<エネルギー発散系>で歯キレがとっても良い。

社会に媚びず<趣味><自己満足>で完結している感じが潔くて見応え十分!なんかありきたりの言葉で言えば、いっぱいエネルギーを頂戴する事が出来ました。ありがとう!

一度きりの人生です。悔いの無いよう全力で突っ走って下さい!

渋滞って減りましたね・・・8月21日

さぁ夏休み! 嫁の実家(富山県)に息子を預ける為と仕事で。


8月初旬に富山往復、途中で顔を見に富山往復、迎えに行くので富山往復、8月に3度も富山往復しましたよ。

途中、白馬や富山のワイン買ってくれているお客様にご挨拶しながら3往復。今年はちょっと多かったけど楽しい旅でした。1年に1度しか会わないお客様も沢山あるので良い機会。会社の経費を使わせて貰ってドライブドライブ。

関越道から長野道、下道も走ったりして北陸道も。最近、日本道路公団と関係機関のお蔭で渋滞が減ったと思います。大きいのは外環道と圏央道が繋がっている事、加えて渋滞予想のレベルが点区予報並みに上がっている事でしょうか。

どこへ行くのも渋滞情報を見ながら行けば20キロとかの大渋滞に巻き込まれる事はないので便利。

私が若い時はNAVIなんてものは無いし、エアコンもオプションだったし、パワーウインドーも無けりゃオートマでもない。ETCなんてものもなく、渋滞予想もいい加減だった。

私の息子は免許取得まで12年、その頃には自動運転が主流になって<渋滞>とか<ガソリン><追突事故>っていう単語がもっともっと薄くなっているんだろうなぁ。などと思って運転していた次第です。

東京から富山まで北陸新幹線で2時間10分、車で5時間で行ける時代になりました。昔は列車でも5時間、車だと中央道で松本で降り、上高地を抜けて7時間くらいかけていたそうです。

北関東・北陸・長野のお客様、また来年も伺いますのでどうぞ宜しくお願い致します。


車を買うなら電気の時代? 8月4日

3500CCのガソリン車に乗ってます。燃費は5キロでハイオク指定。1カ月に2万円くらいガソリン代払ってます。


ハイブリッドとか電気自動車ってワクワク感に欠けるような感覚があって、自分自身が昭和産まれの時代遅れだなぁ。と思う今日この頃。

でも、そろそろ車にワクワク感は要らない年齢になってきたような気もするなぁ。1カ月のガソリン代が半額になって1万円浮いたら何か面白い事が出来るのか?どう?皆さんなら1万円で何する?それとも5000CCとか6000CCの車買ってガソリン撒き散らして走る方が昭和男の精神的に健全なのだろうか?

若い頃はタバコも吸ってました。結婚や転職や子供が出来た等のタイミングで一人また一人とタバコ吸いが減っていったように、車もまた一人また一人とハイブリッドとか電気自動車になっていくのだろうか。

学校開放行って来ました! 6月17日

親として人生初の授業参観に行って来ました。我が子が学校でどんな事をどんな風に学んでいるのか。上の学年の子供達はどんな様子なのか。ゆっくりじっくり見学出来ました。

私の幼き頃はどの家庭も母親が来ていたのが中心で、父親が来ていたケースは少なかったように思います。また、見学出来るのは自分の子供の学級だけであり、他の学年や他のクラスも見学出来る機会も無かったように思います。

さらに、学校開放は土曜日・火曜日・水曜日の3日間もの長期間で行けない人を作らない努力も素晴らしいですね。

今の息子のは1学年2クラス、私の頃は5クラスだったりしたのも理由なのでしょうか。他の学年の授業を見るのは今後の教育方針を決める上でとても大事だと感じた次第です。

先生達が熱心に教え、子供達も素直に実直に学んでいる姿は純粋に感動しました。私の時代はちょっと積み木崩し的な昭和の家庭も多々あったので(笑)。

教育現場もしっかりと進化しています。子供たちに未来を任せて大丈夫!明るい未来を手渡していきたい!そんな事を感じた学校開放初体験でした。

良い感じになってきました。 6月16日

ワインの輸入卸スタートから16年、直営飲食店スタートから10年となりました。

飲食店は3店舗となり、正社員6名+アルバイト30名という所帯。我直営飲食店は毎朝大声で朝礼したり、世界に撃って出るようなタイプではありません。これからも少しずつ店舗数が増えるかもしれませんが、それは手段であり、目的は社員の活躍の新ステージを増やしていく事が目標です。

インポーター業は16年目なので落ち着いています。営業マンを増やし、宣伝広告費を増やせば商売を大きくする事は出来るのですが儲かるかは別話し、海外で評価の高いワインを高い値段で買い漁っても在庫の山になるだけという当たり前の図式に辿り着きました。5年前にやった集中と選択が功を奏してきた感触です。

自分の時間も少し増えて来ました。子供も大きくなり父親として関われる事も増えて楽しい時間が多く有り難い限りです。50を前に少しずつ同窓会の類も増えてきており、こちらも嬉しい再会を楽しんでいます。

さて、40代のテーマだった<エネルギー充電>をしっかりと出来たのか。50歳まであと2年間あるので整理しながら次のステージを考えていこうと思っています。

50歳は羽ばたく時。今までの経験と信用を世の中に役立つ形で作っていく時と考え実践していく準備中です。飲食業でもインポーター業でもない事を始めるのかもしれませんが、今まで積み重ねた経験と信用を使わないと勝負にならない事も理解出来る年齢になりました。

漠然と60代は後進指導、70代は社会貢献と考えているのですが、よりよい形で後進にバトンタッチすべく、より良い形で老後の社会貢献を充実すべく、どうやって50代の10年を過ごすべきか熟慮中です。先輩諸氏達を見ていると、ああなりたいこうなりたいという思いが馳せます。

人生が良い方向へ向かいつつあるのも家族と社員のお陰さま。これからも一生懸命にお客様が喜ぶ事を必死に考え工夫して実行していきたい。そんな事を思った金曜日の夕方でした。

ページトップへ