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消費税・・・

上がるのでしょうか?誰も歓迎していないように聞こえるのは私だけ? 


高齢化社会における社会福祉の維持のため。そう言われている事は理解しています。

他の先進国ではもっと消費税が高いところがある事も聞いてます。


なぜ、民主主義の国で<消費税増税><憲法改正>に賛成していないのに、それが実現する可能性が高いのでしょう。

5%に戻してお金廻すってのは非現実的なのでしょうか?高齢化社会だから無理?社会福祉のシステム変えられないから無理?でも、5%の頃は景気良かったですよ。

民主党が一度だけ政権取った時、あの時に地震が来なかったらどんな世の中になっていたのでしょう。高速道路1000円とか奇妙で素人臭漂う政策もありました。

あ〜納税金額ばかりが増えて頭痛いなぁ。

でもでもでもでも。TPPとかEPAは関税が減っていくので大歓迎。ワインの輸入していると<関税>はでかい!そして前払いだからキャッシュフローにも良くない。オーストラリアはEPA開始から5年かな。ニュージーランドも早く関税撤廃になって欲しいなぁ。

緊急地震速報 10月4日

びっくりした! けど揺れなくてよかった。。。


自分が子供の頃の天気予報って当たらなかった。今の天気予報は良く当たる。

今の地震速報はイマイチな精度だけど、誰かが努力し続けていれば、私が爺さんになった頃にはもう少し良くなっているのかと思う。

人類は数学とかを駆使して、遠い遠い星に着陸して帰ってくるロケットを開発するに至った。でも、自分の星が揺れる仕組みはイマイチ判っていない段階。

頑張れ気象庁!きっと夢は叶う。と思う。

秋になりました! 10月2日

台風一過の秋晴れ!気持ち良い青空が広がるシーズンとなりました。


7〜8月は飲食業界にとって暑すぎてダメ。9月は3連休2回でダメ。やっと10月から本領発揮出来る感じです!

初台にオペラシティーっていう綺麗なオフィス&複合施設ビルがあるんですが、そこの中で夕飯食べる場所を探していました。最大のポイントは<夜景の有無>。

高層階でも景色が見えないと普通の初台居酒屋レベルの価格、高層で景色が見えると一気に観光&記念日レベルの価格帯になるようです。

酒は何を飲むかよりも誰と飲むか。食事は何を食べるかも、誰とってのも、どこでってのも大事な要素ですね。

支払う男性としてはドキドキしながら支払うのは避けたいところ(笑)。同じ高層階でも値段が3倍くらい違う店が隣同士にあるドキドキビルです。

会社帰りにオペラシティーで夜景見て酒飲もうとは思いませんが、せっかく誰かが東京に来るのならトビっきりの夜景を見せてあげたいって思います。都庁展望台なら無料かぁ。

パソコンいじると広告が追いかけてくる・・9月25日

久々にネットサーフィンしてみました。主に知人のブログってのを覗き見ること1時間・・・と思ったら2時間も過ぎてました。



同世代・先輩・後輩の皆さんの日々の生活や考え方が伝わってきてとっても面白い時間でした。


本当に気になった内容も多々あるのですが、一番気になったのは、広告が追いかけてくることです。


私の場合、住んでいる近くの住宅情報、父の老人ホーム探してたので老人ホームの広告、最近は痩せる事に興味があったので漢方薬の広告広告広告が多いこと・・・。大事なブログ読んでる横とか下とかに広告が出て来る。


タダでブログを使える代償なんだろうけど、もう住宅を探してもいないし、老人ホームも探してない、漢方薬も探したけど興味興なかったし。


数年前、アフィリエイトとか流行ったり、ブロガ―っていう新語が出てきたり、あれほどSNSの必要性・重要性を語ってた人が何年もブログ更新してなかったり、意外な人が続いていたり。なんか面白い2時間でした。私も地味に続いている方なのでしょうか。

食べログVS林修はどうなんだろう? 9月3日

誰か言わないかと思って期待してましたが、この人が?って人が口を開いた。

https://sirabee.com/2018/09/03/20161776884/

食べログは価格ドットコム傘下。広告主でもあり、マスコミはモノを申し難い相手だ。何かが動くと、本質は本質として進化し、偽物は偽物として退化していく速度を速める。

この<流れ>が加速するのか、それとも一時の遠吠えで終わってしまうのか?林先生には、もう少し本質的な部分を発言して欲しかったが、今後はもっと本質感を伴う意見の中心となる期待がある。

問題の本質は、舌が肥えているとか、味が分かるという問題ではない。ネットの食べ物屋さん情報の質と量をどう判断するかの問題だ。

旅やグルメ番組で紹介されると、芸人達・旅人達のリアクションは<ふわふわ><とろとろ><サクサク><さっぱり><こってり><濃厚>などの耳聞こえ良い見た目から想像し易い形容詞を大げさに表現して自分のリアクションを売り物にしたい。

グルメ情報の<食べログ>や<RETTY><ぐるなび>などなども有名店・高級店ほどに書き込み量が増え、自分がそこに行った自慢・備忘録的に掲載する輩が多い。誰もファミレスや牛丼屋のようなエブリディフードは評価・書き込みをしない事の真逆だ。

我が社も<食べログ>の類に広告費を支払っている。今の世の中、電話帳代わりに使っている人も多く、このサイトからの予約数&電話数は軽視出来ないのが本音だ。

今までも多くの<疑問視>がネット上で発言されてきた。今回は地上波&ゴールデンタイムでのテレビ番組制作として意図的に発言されたところが少し違う。この流れがどうなっていくのか?きっと、良い方向に向いてくれると思う。ダミーページを活用して集客をしていた飲食店、スタッフ投稿に頼っていた飲食店、そろそろ本質がバレてしまう時代が目前だ。

銀座1丁目店閉店のお知らせ 4月1日

4月27日(金)最終営業日。



<ワイン屋銀座1丁目店>を閉店する事となりました。6年間、約6万人のお客様にご来店を戴きました。皆さまのご愛顧に心から感謝を申し上げます。本当に有難うございました。


同じ場所に新しいコンセプトの飲食店が誕生します。経営は銀座4丁目で老舗洋食店を60年以上営む頼もしい法人様。きっと、永年に渡って地域に愛される素晴らしいお店を創っていかれると思います。

ワイン屋銀座1丁目店でお楽しみ戴いオーストラリアビールやオセアニアワインの一部も新しい店舗様で引き継いで戴ける予定です。きっと素晴らしいお店が出来上がると楽しみにしています。今後とも、変わらぬご贔屓を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。



今から6年前、西新宿で大流行となったワイン屋バールスタイルをそっくりそのまま銀座1丁目に持ち込み大失敗のスタートをしました。最初の6カ月、一晩のお客様が1ケタ台なんて日もあり、本当に辛く暗い時期もありました。


西新宿7丁目と銀座1丁目ではお客様の年齢層や嗜好が大きく異なる事の認識不足、マーケティング力の欠如が原因でした。


西新宿の30代に大好評だったバールスタイルは、銀座1丁目の40〜50代には少し五月蠅過ぎたのかと思います。


西新宿バール店を大成功に導いてくれたのは初代・浅井店長でした。その浅井君が初代銀座1丁目店長を2年勤めてくれました。その後、めだたく独立退職。

青野店長が銀座1丁目を引き継ぎ新店長に就任、その頃から約1年間の大改革を敢行! 大改革の後、玉置店長に引き継ぎ、三上アシマネが入社し現在の人気店へと成長させて戴く事が出来ました。 


6年間で最も思い出深いのは大改革時代。ハイスツールをゆっくり座れるテーブルスタイルに換え、イングリッシュジョークのデコレーション達をワイナリー風景写真に変更し、プロジェクターを導入して法人利用や結婚式2次会需要を狙い、バール式ツマミメニューをコース主体の構成に変更。グラスは全て高級品のリーデル社製、カトラリーもラギオール社製を導入。サービスも大皿&取り分け式ではなく、一人一人が自分のお皿で食べられるリストランテスタイルに変革! 1年を掛け、目に見える全てのアイテムを40〜50代の大人嗜好に変更。その甲斐あって、3年目以降は毎晩の満席を戴けるまで成長させて戴く事が出来ました。



OPEN以来、歴代店長達と二人三脚で少しずつ&素早く&大胆にトライ&エラーを繰り返し繰り返し。 苦節の赤字3年間を経て、やっとの思いで黒字化出来たとても愛着深いお店です。


新たな飲食店を生み出し、育て、成長途中のお店を手放すのは本当に残念で心惜しいです。しかし、人手不足という現実問題があり、飲食部門を新宿地域に集中展開していく選択をさせて戴きました。



これからも西新宿の2店舗は変わらず営業を継続して参ります。また、新たな店舗も新宿エリアに絞って店舗開発展開をしていく事となります。引き続きどうぞ宜しくお願い申し上げます。



ご来店戴きましたお客様、本当に有難うございました。銀座1丁目の店舗経営を通し、お客様に教えて戴いた事は本当に貴重な財産となりました。この貴重な財産を糧に、我々は新宿エリアで更に大きく努力を重ね精進して参ります。新宿にお越しの機会がございましたらば、是非新宿店舗にもお気軽にお立寄り下さい。


お取り引き様にも多大なご尽力を賜り、この場を借り御礼申し上げます。魚やカキや肉や野菜、お酒や米やパン、漆器類、内装や工事関係などなど。メニュー開発時や店舗開発から運営時にご教授戴いた貴重なノウハウは、新宿で更にパワーアップさせていく事で恩返しをお約束させて戴きます。引き続きよろしくお願いいたします。



そして、銀座1丁目店で働いて戴いたスタッフの皆さま。本当に本当にお世話になり有難うございました。皆さんのひとつひとつの努力とアイディア、行動力のお蔭で沢山のお客様の笑顔と出会う事が出来ました。皆さんの努力の結晶は新宿でしっかりと引き継ぎ、現役スタッフにて更に発展させていく事を約束致します。ぜひ、新宿に来る機会があれば懐かしい顔を見せに気軽に立ち寄ってください。


思い出深い大好きなお店とお別れするのは本当に寂しいものです。4月27日(金)の最終営業日まで、現場の玉置店長と三上アシマネと現役銀座スタッフ達が変わらぬ笑顔で頑張っています。どうぞ、お時間のある方は銀座店にお立寄り戴き、スタッフ達の最後の雄姿をご覧戴ければ幸甚です。


本来であれば、皆様お一人お一人にお目に掛かってご挨拶させて戴きたいところです。取り急ぎSNSの力を借りてお知らせさせて戴くご無礼をどうぞご容赦下さい。


6年間、お世話になり本当に有難うございました。


片桐達也

謹賀新年 <スタッフの皆さまへ> 1月1日元旦

スタッフの皆さま

新年明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になり本当に有難うございました。2018年度もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

流行語大賞が象徴するかのように<色々あった>1年だったと振り返っています。

年末に嫁さんが体調を崩してしまい、富山帰郷を取りやめました。新宿にて親子3人のんびり正月を過ごしています。

悠太が産まれてから7回目の正月にて初めての<のんびり家族正月>となっています。神様が<ゆっくり休め>という指示をくれたのかと理解し、それに従って正月特番テレビ漬けの時間を楽しんでいます。お蔭様で嫁の体調は戻りました。


日本に住んでいる私達にとって、大国アメリカの舵取りに不安が見え隠れし、ロシアや中国の覇権争いも激しさを増し、宗教間対立を抱える国々の問題も深刻化を増し、北朝鮮問題も最終局面へと近づく不安があり、貧困から抜け出せない途上国の叫びが聞こえて来ない程に混沌とした世界情勢の中にあるような1年でした。

2017年は世界情勢が益々不安定になった1年だったと思います。そんな中、日本経済&治安は、比較的に良い1年だったように感じています。輸入業界や飲食業界も取り巻く環境内で些細な問題はありました。しかし、世界中の諸問題と比較すれば、大波ではなく小波以下の影響であったと思います。

ワイン屋3店舗にとっても新たなチャレンジが多々あり、とても充実した2017年だったと感じます。皆さんにとってはどんな2017年だったでしょうか。


我々の生きている現代社会は、一人一人の人間の命や価値は同じ筈なのに、産まれた運命によって、生きる宿命が大きく異なる時代だと思います。日本や日本人が抱えている問題と、世界の様々な問題に大きな差があり、今後、その差は更に大きくなる懸念を感じ始めた1年でもありました。

紛争の火種はいつも<差>であり、その意味でも先行き不安が増しているように感じている人が多いと思っています。



そんな中、2017年に貴重な1冊の本と出会う機会がありました。http://nvc.halsnet.com/jhattori/Spirits/FreddyTheLeaf.htm <葉っぱのフレディ>という絵本です。小生49歳になりますが、子供が幼く、週に1~2度は絵本の読み聞かせをしています(笑)。

1枚の葉っぱが主人公。大きな木に抱かれ、産まれ、元気に育ち、個々に輝き、個々に老い、順番に散り、皆が土に帰り、再び木に抱かれていく1枚の葉っぱの輪廻転生のお話しです。


人は何のために産まれ、死んでいくのか。


死ぬために産まれたのではなく、生きて誰かの役に立つ為に産まれた。その役立ち方は人それぞれであり、その大きさや尊さを比較しても無意味である。そんな普遍的な価値を改めて教えてくれた本との素晴らしい出会いでした。


もうひとつ。

素晴らしい歌との出会いもあった1年でした。http://yokohama-now.jp/home/?p=11309
 
瀬を早(はや)み、岩にせかるる滝川(たきがは)の、分れても末に逢はむとぞ思ふ。
 
直訳としては、男女の愛を唄った内容だそうです。2つに流れが分れても、いづれはひとつになり結ばれる。という意味が正解です。
 
私は直感的に私なりの過大解釈をしました。
 
産まれてくる運命は換えられずとも、宿命というものは、日々の使命を果たせば流れるべきところに辿り着く。そんな風に理解しました。私の中ではこちらが正解です(笑)。
 

ゴルフをしていて、1番ホールでOBを叩きダブルボギーでのスタートは誰でも嫌なものです。あれさえ無ければ、あれがOBでなかったら、いわゆる<タラ&レバ>です(笑)。はたまた、現在49歳の私は、ワインの輸入業と飲食業を営んでいます。もし、18歳の時に旅行専門学校を選んでいなかったら、あの時の転勤異動を断っていたら、今の自分はあるのだろうか。この手の<タラ&レバ>を思う時に、思い出すのが上記の歌です。


結論から言えば、道が2つに分れていても、人生は1度きりなので、2つを選択する事は出来ない。もうひとつの道を考えても無駄な事であり、大きな流れの中においては、結局同じところに流れ着く。これが私の理解です。


どんな急流に飲まれようとも、大きな岐路に立たされても、人はひとつの道しか選択出来ません。人は自分の選択した道において、日々の使命をしっかりと果たしていれば、流れつくべく宿命に流れ着くという考え方です。


私の場合で言えば、どんな高校に進学しても、どんな転勤先を経たとしても、今の自分に辿り着くべく日々の選択をした結果が今の自分である。


そんな事を理解する為の指針として、心の支えとなる歌と出会う事が出来た2017年でした。これからも同じように考え、迷わず判断し、行動していく為の大事な歌との出会いでした。


2018年はどんな<流行語>が飛び出してくるのでしょう。

その多くは予想出来ない驚きの事象を評する言葉なのかと思います。紛争、テロ、天災、事故などは逃げられない脅威です。脅威に怯えて何もしなかったり、現実の使命を投げ出しても、全く意味のある事だとは思えません。

どの葉っぱも必ず散る訳であり、少しでも未来へよき糧となるべく現世の宿命を果たすのだと思います。


皆さんにとってはどんなチャレンジになる2018年でしょうか。

人生は1度きりです。決して産まれた<運命>や<タラ&レバ>を考えるのも時間の無駄だと思います。

まず、今までの自分を褒めて上げて下さい。そして明日からの自分を鼓舞し、自分の宿命を全うすべく、それぞれに前進される事と信じています。

2018年も健康第一で楽しくお仕事を一緒に頑張っていきましょう。


本年も昨年同様、一生懸命全力で、考え・工夫し、行動する事を通し、美味しいワインをお客様に楽しんで戴くべく、個々の宿命を果たしていきたいと願っています。皆さまには今年度も多々お世話になる事と存じます。どうぞ本年も倍旧のご愛顧ご助力を賜りますよう、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

では、どうぞ楽しいお正月を過ごして下さい。

片桐達也

12月31日を無事に迎えました。本年も有難うございました。

今年も年末を迎え、一人事務所で仕事納めをしています。多くの素晴らしい出会いと別れのあった1年でした。1年を振り返り、一番心に残った本をご紹介させて戴きます。






  1. 春はとっくに すぎました。 
     
  1. 夏もとうとう すぎました。
     
  1. 葉っぱのフレディは、 もうすっかり 大きくなっていました。

    からだはつよくて たくましく、 五つにわかれた葉っぱのさきは、

    ぴんととがって しゃんとしていました。

     
  1. フレディが生まれたのは 春でした。 背高のっぽの大木の 

    てっぺん近くの大ぶりの枝に かわいい新芽を のぞかせました。
     

  1. フレディのまわりには、 数えきれないほど たくさんの葉っぱが 

    しげっていました。

    「みんな ぼくとそっくりだね」

    そう思っていたフレディは、 まもなく 気づきました。

    おなじ木から 生まれてきたのに、

    みんなそれぞれ どこかが ちがっているのです。 

    となりにいるのは アルフレッド。 右にいるのは ベン。 そして 上にいるのは 

    かわいい葉っぱの クレアです。 

    みんないっしょに 大きくなりました。 

    春は そよ風にさそわれて みんなでダンスをおどり、

    夏は おそろいで のんびり ひなたぼっこにふけり、 

    夕立がくると、 みんなでいっせいに からだを洗って、

    すっきり しゃっきり さわやか気分で 涼みました。

     

  1. けれども フレディのいちばんの仲よしは、

    なんといっても ダニエルでした。 

    みんながいる大枝の中で いちばん大柄
    (おおがら)なダニエルは、

    どうやら 生まれたのも いちばん早くて、 

    おまけに みんなの中では いちばんかしこそうでした。 

    「みんなは 一本の木の 一部分なんだよ」

    こう 教えてくれたのは ダニエルでした。

    「みんなは 公園で大きくなっているんだよ」

    そう教えてくれたのも ダニエルでした。

    「みんながいる木には じょうぶな根っこが いっぱいはえていて

    地面のおくふかくに しっかりとのばしているんだよ」

    これもやはり ダニエルが 教えてくれたことでした。

    朝になると みんなのいる枝にやってきて、 

    せっせと歌をきかせてくれる 小鳥たちのことや、 

    お日さまや お月さまや お星さまや 

    うつりかわる季節のことについても、 

    ダニエルは いろいろと 教えてくれました。

     
  1. フレディは、 自分が葉っぱであることが だいすきでした。 

    自分がいる枝も だいすきだったし、 

    身がるな葉っぱの仲間たちも だいすきでした。

    自分が空高くにいることも だいすきだったし、 

    さわさわと からだをゆすってくれる風も だいすきでした。 

    ぽかぽかと からだを温めてくれるお日さまの光も 

    だいすきだったし、 ほんわかほの白い光で やさしくそっと

    つつんでくれるお月さまも だいすきでした。

     
  1. とりわけ すてきだったのは 夏でした。 

    昼間
    (ひるま)の長い暑さも 心地よかったし、 

    ほとぼりの残る夜の暑さも やすらかな 夢路
    (ゆめじ)へと 

    いざなってくれました。

     
  1. その夏には、 たくさんの人が 公園へやってきて、 

    フレディのいる木の下に よくすわりました。 

    ダニエルは フレディにいいました。

    「この人たちの 日かげになってあげることも、 

    いつかきみがたずねていた 生きる目標の一つになるんだよ」、と。

     
  1. それはね、 いつだったかフレディが ダニエルに 

    こうたずねたことが あったからなんだ。

    「ぼくたちは いったいなにを目標にして 生きていったら 

    いいんだろうね?」、って。 
     

  1. そのときダニエルは、 こう教えてくれたんだ。

    「生きたあかしを しめすことだよ。 

    自分がこの世に生まれて 今ここにいることには 

    ちゃんとした意味があるんだなって、 

    そう思えるような 生きたあかしをね」、と。

    そしてダニエルは さらにつづけて こういったんだ。

    「なにか ほかの人のやくに立つようなことをして 

    よろこんでもらえるのは、 生きたあかしになるんだよ。 

    じぶんの家が あつくるしいからって この公園へのがれてきている

    お年よりの人たちに 木かげをつくってあげることも、 

    生きたあかしに なるんだよ。 この公園へきてあそべるようにと 

    子供たちに 涼しい場所をつくってあげたり、 

    この公園に チェック模様のテーブルかけをしいて 

    その上で お弁当をたべようかなとやってきた ピクニックの人たちを 

    ぼくらの葉っぱで あおいであげるのも、 

    ぜんぶ 生きたあかしになるんだよ」、と。

     
  1. フレディがとりわけすきなのは お年よりの人たちでした。 

    みんなは、 ひんやりした草むらへ そっとすわると、 

    もう ほとんど動こうともせずに、 昔の思い出話を

    ささめき合っていました。
     

  1. フレディは 子供たちも だいすきでした。

    もっとも彼らはときどき、 フレディのいる木に穴をあけたり、 

    自分の名前をほりこんだりする いたずらもしたけれど、 

    それでもフレディは、 子供たちのすばしっこく走りまわる姿や 

    大声で笑いころげる 元気なようすをながめていると、

    とても楽しかったのでした。
     

  1. けれども、 フレディのだいすきな夏は 見る間にすぎてゆきました。
     
  1. そして 夏のなごりが すっかり消えたのは、 

    十月の ある夜のことでした。 

    いままでに出あったことのないような寒さが 

    おそってきたのです。 

    葉っぱはみんな 寒さにふるえました。 

    白いものが うっすらと みんなのからだ一面を 

    おおいました。 それは 朝日にあたると 

    たちまちとけて しずくになって 葉っぱをぬらし、

    きらきらと 輝きました。

     
  1. こんどもまた、 あれこれと教えてくれたのは、

    やはり ダニエルでした。 

    みんなのからだにくっついたのは 初霜
    (はつしも)で、 

    これは 秋になったしるしで、 やがて冬がくるよという 

    しらせなのだ、 と。
     

  1. ほとんど一瞬のうちに フレディのいる木は まるごと・・・・

    おやおや、 よく見ると なんと公園ぜんたいが まるごと 

    あざやかに 色づいているではありませんか。 もう、 緑色をした葉っぱなんて、

    ほとんどどこにも 見当たりません。 

    アルフレッドは こい黄色に、 ベンは 明るいオレンジ色に、 

    クレアは もえ立つような赤色に、 そしてダニエルは こい紫色にと 

    それぞれ すっかり衣がえをしていました。 

    そして フレディったら、 なんと  赤・青・金の三つの色で 

    すっかり めかしこんでいるではありませんか。 

    みんなは、 それはそれはほんとうに みごとなものでした。

    なにしろ フレディとそのともだちは、 自分たちのいる木を 

    まるで虹のように 染めかえてしまったほどですからね。

     
  1. 「ぼくたちは みんな同じ木にいるのに、 どうして 

    ちがった色に なるのかな?」  

    フレディには どうもふしぎでした。

     
  1. 「ぼくらはみんな、 それぞれ どこかがちがっているからだよ。

    体験したことも 一人ひとりちがっているし、 

    お日さまへの向き方も みんなまちまちだった。

    ぼくらのつくる影だって 同じものは ひとつとしてなかっただろう。

    だから、みんなそれぞれ 別々の色になったって、

    ちっとも 不思議じゃないんだよ」  

    ダニエルは 淡々と答えました。 そして、 

    「このすばらしい季節は、 秋というんだよ」、と 

    フレディに教えました。

     

  1. ある日、 とてもおかしなことが おこりました。

    いままで ダンスにさそってくれていたそよ風が、 

    葉っぱのつけねを ぐさぐさと ゆさぶりはじめたのです。

    まるで 八つ当たりをするみたいにね。 

    そのために、 葉っぱのなかには 枝から引きちぎられて

    風に舞い、 あちらへ投げられ、 こちらへほうり出されては

    ふらふらと 地面に落ちていくものも でてきました。

     
  1. 葉っぱという葉っぱは みんな おびえだしました。
     
  1. 「いったい、 なにがおこっているんだろう?」

    おたがいに ひそひそとたずね合いました。
     
  1. 「これは、 秋になるとおきることなんだよ」

    みんなにこう教えたのは、 ダニエルでした。

    「葉っぱのぼくらが すみかを変えるときが きたんだよ。 

    なかにはこれを“葉っぱが
    死ぬときだ”なんていう人も

    いるけどね」

     
  1. 「ぼくたちは、みんな死ぬの?」

    フレディは もう びっくりぎょうてんです。

     
  1. 「そうだよ」、とダニエルが答えました。 「どんなものでも、

    かならず 死ぬんだ。 どんなに大きくても 小さくても、

    どんなに強くても 弱くてもね。 

    ぼくらはまず、 自分のつとめをはたす。

    お日さまの光をあびて、 お月さまの光につつまれる。 

    風にふかれて、 雨に洗われる。 みんなでダンスをおぼえて、 

    みんなで笑う。 そして 死んでいくんだよ」
     
  1. 「ぼくは 死なないぞ!」

    フレディは きっぱりと言いました。

    「きみは どうするの、 ダニエル?」
     
  1. 「ぼくは 死ぬよ。 そのときがきたらね」
     
  1. 「それは いつくるの?」

    フレディは 気が気ではないようです。

     
  1. 「はっきりしたことは、 だれにも わからないんだ」

    ダニエルは 答えました。

     
  1. フレディは、 ほかの葉っぱがつぎつぎと散っていくのに気がついて、 

    ふと思いました。 「きっとこれが 葉っぱの死ぬときなんだろうな」、と。

    フレディが見ていると、 なかには けんめいに風にさからってはみたものの 

    とうとうふき飛ばされてしまう葉っぱもあれば、

    はじめから あっさり手をはなして 

    だまって落ちていく葉っぱも ありました。 

     

  1. やがて フレディのいる木には 葉っぱはほとんどなくなりました。
     
  1. 「ぼくは 死ぬのがこわいよ」

    フレディは ダニエルに いいました。

    「死んだあと どうなるのか わからないんだもの」

     
  1. 「フレディ。 ぼくらはだれだって、 よくわからないことは 

    こわいと思うものなのさ。 あたりまえだよね」

    ダニエルは、 フレディの気持ちをやわらげるように いいました。

    「でもきみは、 春が夏になっても こわくはなかっただろう。

    夏が秋になったときも そうだったよね。 

    季節がかわるのは 自然のなりゆきなんだ。 

    だから、 いつの日か ぼくらが死ぬ季節というのが やってきたとしても 

    こわがることなんか ないんだよ」

     
  1. 「ぼくたちがいるこの木も 死ぬのかな?」

    フレディは たずねました。

     
  1. 「いつかはね。 でも、 この木より もっと強いものがあるよ。

    それは 
    いのちなんだ。 いのちは 永遠(とこしえ)につづくんだ。 

    そして ぼくらはみんな その いのち の一部分っていう わけなのさ」
     

  1. 「ぼくたちは、 死んだら どこへ行くのかな?」
     
  1. 「はっきりしたことは だれにも わからないんだよ。 

    なにしろこれは 昔から、 とっても大きな なぞなんだから」

     
  1. 「ぼくたちは、 春になったら またここへ 

    もどってこれるのかな?」

     
  1. 「ぼくらは だめかもしれないね。 でも、いのちはまた

    もどってくるだろう」

     
  1. 「じゃあ なんのために こんなことが おこっているの?」

    フレディは さらに たずねつづけました。

    「ぼくたちは けっきょく、 落ち葉になって死んでいくだけだけだとしたら、

    じゃあいったい なんのために この世に生まれてきたんだろう?」


     

  1. ダニエルは、 いつものように 淡々と答えました。

    「お日さまや お月さまだって、 生まれてきても いつかは 

    消えていかなくっちゃ ならないんだ。 みんなで いっしょにすごす 

    しあわせなひとときだって そうなんだ。 

    木かげや、 お年よりや、 子供たちだって、 そうなんだ。

    秋のあのあざやかな色どりだって そうなんだ。 

    春、夏、秋、冬の季節だって、 そうなんだ。 

    どれもこれも、 昔からぜんぶ、 ずっとそうだったんだ。  

    さあ、 これだけいうと もうわかっただろう」

     

  1. その日の夕方、 金色の夕日をあびながら、

    ダニエルは そっとしずかに 枝をはなれていきました。 

    そして 落ちる間じゅうもずっと、

    おだやかにほほ笑んでいるように 見えました。 

    「それじゃあ またね、フレディ」

    ダニエルは そう言いました。

     

  1. こうしてフレディは、 一人ぼっちになりました。

    あの枝にのこっている たった一枚の葉っぱでした。

     
  1. つぎの朝、 初雪がふりました。 やわらかで、おだやかで、

    まっ白な雪でした。 でも、 なんと冷たいのでしょう。 

    その日 お日さまはほとんど顔をださず、 早くから

    日が暮れました。 フレディは、 自分のからだが色あせて、

    もろくなっていることに 気づきました。 

    気温は まったくあがらず、 フレディは 雪の重みを

    ひしひしと感じました。

     
  1. 明け方に 風がふいて、 フレディはとうとう

    枝から引きはなされて しまいました。 でも、 フレディは

    ぜんぜん いたくはなかったのです。 

    フレディには、 自分のからだが すーっとういて、 

    それから ゆっくり ふわーっと 下に落ちていくのが 

    自分でもわかりました。

     

  1. 落ちるとちゅうで フレディははじめて見たのです。

    自分が生まれそだった木の、 そのまるごとの姿を。

    なんとつよくて 丈夫そうなのでしょう。

    「これならきっと、 うんと長生きしてくれるぞ」

    フレディは そう思いました。 そして、 

    「ぼくはやっぱり この木の一部分だったんだ」

    そうわかると、 誇らしく思えてきたのでした。
     

  1. フレディが舞い落ちた先は、 雪だまりの上でした。

    そこは なぜだかやわらかくて、ぬくもりすら 

    感じられました。 こんなに居ごこちのいいところは、

    はじめてでした。

    フレディは 目をとじると、

    永遠
    (とわ)の眠りにつきました。

     

    ところでフレディは、 冬のあとには春がきて、

    雪がとけると水になるなんて、 ちっとも知らなかったのでした。

    また、 まったくの役立たずのようにみえる 自分のひからびた

    からだでも、 やがては土にかえって 水にとけ、 

    自分が生まれそだったあの木を いっそうじょうぶにさせる 

    役目をはたすのに、 そんなことも フレディはまったく 

    知りませんでした。

    ましてや、 自分がいた木や 地面の中では、 

    春になったら 若葉をいっぱい芽ぶかせる準備が

    すっかりととのっていて、 冬の間じゅう 

    じっと静かに出番をまっていたなんて、 

    フレディには とてもわかりっこなかったのでした。



皆さんの来年はどんな年になるのでしょうか。どうか、皆さんの未来が素晴らしく輝かしいものになりますよう。どうぞ良い新年をお迎え下さい。

今年もお世話になり本当に有難うござました。片桐達也

独立バンザイ!10月24日

銀座1丁目店で2年間フリーターとして活躍した男が一国一城の主となる!おめでとう!


千葉県内で7.5坪の飲食店経営者になる。本当に嬉しく暖かく見守りたい。スケルトンにして自分の思い描く店舗をデザインするそうだ。

きっと内装屋との話し合いとか、水回りの事とか、厨房機器の購入とか、保健所の事とか、仕入先の選定とか、漆器類の購入とか、メニュー作りとか、価格設定とか、広告手法とか、何から何まで一人でやる事に奔走の日々かと想像しています。

今は未だスタートラインには立っていない。スタートラインから猛ダッシュすべく準備運動中的な段階。この段階までは<金>の問題であり、多くの人が辿りつけない事が多い。まず、商売を開始する前の段階で<金>をしっかりと準備した事は本当に素晴らしい。金が無ければ物件も借りれない、厨房機器も買えない、内装も作れない、仕入れも出来なければ広告も出せない。

さて、本当のスタートラインはいつなのか?それは営業開始日をさす。そこから先は<アイディア>が勝負となる。初めての飲食店舗であろうが10店舗目であろうが全国チェーンだろうが関係は無い。社長は一人親方でも1000人に社員がいても同じ社長。お客様にとっては飲食店のチョイスがひとつ増えた事となり、他店より美味しくて適正価格で何かが勝っていれば選んで貰える。単純な勝負であり戦いだ。

スタートラインから直ぐにお客様が来るのか?宣伝広告をしていれば直ぐに来る。口コミであれば時間が掛かる。その間の運転資金も必要になる。OPENして直ぐに繁盛店になる個人店なぞ聞いた事がない。商業施設に入るのであればあり得るが、路面の店であれば宣伝告知期間という苦しみの時間が必ずくる。100%とは言わないが、最初から黒字でずぅっと黒字という店は少ない。私の場合も同じ。1店舗目だけは初月から11年間黒字という珍しいパターンだが、2店舗目と3店舗目はかなり苦しい時期が長くなった経験がある。

この宣伝告知期間が半年なのか1年なのか2年なのか。多くの個人店は持ちこたえきれずに閉店を迎えてしまう現実がある。この苦しい期間を乗り越え、黒字化した場合に問われるのは<人>の部分である。店をOPENさせるまでは金、繁盛出来るかはアイディア、反映を継続出来るかは人の問題が大きいと思う。

社長になると自由だ。出勤時間も自分で決められる。広告を出す出さないも自分。どこと取引するかも自分で決められる。大海原の小舟をどこに向かわせるか、どんなスピードで漕ぐのか、全て社長の思い通りに出来る。しかし、その大海原は時にしける事もあれば無風の時もある。簡単に進む航海などあり得ない。

おめでとう!社長になった貴方は私と同じ飲食店経営者の仲間入りです。しっかりと準備をして良いスタートをして下さい。そして、地域に永年に渡って愛される店を育てていって下さい。いつの日か飲みに行ける事を楽しみにしています。がんばれ〜!



役所ってところは大変ですね。 10月18日

皆さんの御親戚お知り合いにも<役所勤め>の方がいらっしゃると思います。私は・・・いません。


前例踏襲主義とか融通が利かないとか、最近では<直ぐヤル課>のように民間では当たり前の事を<課>の冠にする部署まで登場して落語のネタになりそうな笑い話。

私は零細株式会社の代表者なので、役所とは真逆の浮き草稼業。好きでやってるので自分の立ち位置に何ら問題はないです。

役所の皆さんも公僕として社会を廻す大事な歯車であり、その点では私も同じ。

ここまではいつも通りの論調ですが、昨今見る光景に目に余るような民間人による公僕圧迫的な荒業が目立ってないですか?役所は役所で防御に廻るのも大変そうだけど・・・。ある意味、民間人の荒業に巧く対処するのも役所の範疇だろうから大変そう。

なんでこんな和題を選んだかった?0900にOPENすべき役所が0901になっても開かないと言って大暴れしている民間人サラリーマンを見たり、記入した文字がちょっと間違えているからという理由で訂正印を求めたという理由でブチ切れているおばさんを見たりとか・・・。

AIが進化していくと0900には自動にドアがOPENするのかな。記入漏れがあっても訂正印鑑とか押印しなくてもICチップかなんかをかざせば記入とかしなくてよい時代になるのかな。

AIが人の代わりに仕事をしてくれる時代が直ぐそこのようですね。車のあおり運転とかの愚行為も見る事もなくなっていけるのでしょうか。

人が人を助けあうという良い光景を目にしたいもんです。テレビの旅番組でそのような微笑ましい光景を見るのは発展途上国とか日本のド田舎くらい。世界のどこの大都会でも他人を助けるなぞという高貴な余裕がないらしい。

役所の皆さま、私は噛みつきませんので普通の世間話くらいしませんか。でも規則で出来ないんですよね。わかってますって。変なオシャベリで邪魔しません。

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